中居正広の父、正志さんの死去。貧乏だった幼少期のエピソードが泣ける

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SMAPの中居正広が2015年5月9日ニッポン放送「中居正広のSome girl’ SMAP」に出演し、父親である中居正志さんが2015年2月19日に死去していたことを公表した。享年79歳だったが4月2日の80歳の直前に亡くなられた。葬儀は近親者で済ませた。

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中居正広と正志さんの共演

バラエティー番組で共演することは何度かあった。FNS27時間テレビで共演したり、2011年末にはNHK紅白歌合戦のリハーサルに見学に訪れ、中居正広の結婚について発言するなどしていた。情熱大陸に父親が登場することもあった。

中居正広の幼少期

住居環境

中居は神奈川県藤沢市出身。生まれ育った家は天井が低く、4畳と3畳半くらいの狭い家。ちょっとした庭はあったようだ。

両親と兄弟3人でそこで暮らしていたのだが、当時の中居家は風呂に週2回しか入れず、夏場は兄弟3人が学校でプールがあるということで、自宅での入浴は学校がお休みである日曜日のみだった。

そんな環境の中、中居の父親は仕事から帰ると「風呂に入らせろ!」「現場にプールはねぇんだ!」とホースで水のシャワーを浴びながら震えていたらしい。

食事

中居はよく番組で良い肉が好きではなく、安い肉のほうが美味しいと語っているが、幼少期の経験からなのだろう。カルビはお菓子のことだと思っていたらしい。

中居が兄と考案したごはんの食べ方があり、米も満足に買えなかったようだが、バターと醤油で「バターご飯」、チューブのわさびと酢をかけて「わさびご飯」にしたり、ただ水をかけて「水かけご飯」にしたりして兄弟で食べていたようだ。

また中居は「金持ちの家のカルピスは濃厚だった。バームクーヘンは友達の家にしかなかった。」と金持ちのイメージを語ったこともある。

外食に行く機会はなく、庶民の見方である牛丼・吉野家でさえ当時はまだ価格が高いので利用できなかったが、たまにマクドナルドに行けたそう。ただ値段が高い商品を頼むと親から体をつねられたらしい。

父親 正志さん死去の告白

番組冒頭で中居は「報告しなければならないことがあります」と切り出した。

番組全部を使って父との最後の日々を詳細に振り返った。2013年の2月に肺がんであることがわかり、3月に8時間の手術で片方の肺を摘出した。中居はそのころ野球のWBCの仕事の時期だった。

秋にはリンパに転移してしまい、週6日は放射線治療を受けていた。

2014年5月、父は一時退院してハワイ旅行に行った。直前には喉頭がんも見つかり旅行を断念しそうになったが、ゴルフやプール(幼少期の思い出の)で泳いだほか、バルコニーで食事を取るなどして楽しい思い出となったようだ。

2014年8月には再度手術。約100日間飲まず食わずで話すこともできなかった。

2015年1月、亡くなられる1ヶ月前に「病院の飯はまずい」と言った父のために中居正広はシチューやおにぎりを作ったようで父は「こんなにまずいおにぎり初めてだ」と感想を語ったという。

体重はがん発覚前の80キロ近くからこのころ40キロ台にまで落ちていたようだ。

ご冥福をお祈りします。

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