森且行がSMAP存続を願う5☆SMILEのシールをヘルメットに貼って日本一を決めるレースで走る。メンバーと交わした約束

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昨年大晦日の日、SMAPのメンバーは木村を除く4人と1996年に脱退した森且行が集まった。本日12日発売の日刊スポーツによれば、木村には当日連絡があったが合流しなかったといい、詳しい事情は不明だという。しかし「4対1」の構図を煽っているメディアが多い中、SMAPファンの間では信憑性を疑う声も多い。

SMAPの6人が揃えば20年ぶりとなっただけに6人揃わなかったのは残念だが、どうやら久しぶりにSMAPのメンバーと合流した森且行はその日、特別な思いを背負って大晦日のレースを戦っていたようだ。

森且行はスマスマが開始された直後の1996年にSMAPを脱退。楽曲でいうと1996年5月5日に発売されたSMAP21枚目のシングル「はだかの王様 〜シブトクつよく〜」が最後の曲となった。

脱退後、すぐにオートレーサーに転身。2000年にはオートレース最上位のS級にランクされ、G1レースで優勝するなど、今や日本のオートレース界ではトップクラスの実力者だ。2005年に一時的にA級に落ちたが、2006年後期以降はずっと最高ランクのS級にランクされている。

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大晦日の森且行のヘルメットに「SMAP存続の願い」の印

そんな森且行はSMAP最後の日となった昨年12月31日に埼玉県の川口オートレース場で開催された、国内最高峰のレースである「第31回スーパースター王座決定戦」の優勝戦に出走。今年は1回も優勝できていなかったので1着を狙っていたが、結果は3位となった。

森はSMAPを脱退する時に5人のメンバーと「お互いに日本一になるまでは会わない」と約束したというが、この12月31日に行われた「スーパースター王座決定戦」というのは、その年の最高峰レースの優勝者(最高5人)と各場競走成績の第1位、優勝戦ポイント上位の合計16人のみ参加が許される最高賞金3,000万円のグランプリだった。

きっとSMAPとの約束を果たすためにも、このグランプリで1位を取ってメンバーと会いたかったと思われるが、それでも3位という結果は非常に素晴らしいものだ。

そして、その日の森のヘルメットの下にはよく見ると「5☆SMILE」のシールが貼ってあることがデイリースポーツの写真でわかる。

【オート】森且行は優勝ならず 繰り上がりで3着に

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引用:デイリースポーツオンライン

5☆SMILEといえば、SMAPの存続を求めてファンが直筆署名を集めたプロジェクトで、37万3,515筆の署名を集めてテレビなどでも取り上げられて話題となった。

ステッカーは5☆SMILEのメンバーが送ったものだというが、その意味を知らないはずはなかっただろう。つまり森且行も多くのファンと同様にSMAP解散に反対だったというわけだ。

オートレーサーは死と隣合わせの職業。森は過去に育成訓練の2ヶ月目にフェンスに激突し、股関節脱臼骨折という重傷を負ったこともあるし、昨年2016年3月には落車事故を起こし、偶然NHKが撮影していたというニュースもあった。

以下、引用

22日放送の「ドキュメント72時間」(NHK総合)で、元SMAPでオートレーサーの森且行が落車する場面を、番組が偶然撮影していた

中略

取材2日目の3月20日、この日の最終となる第12レース競技中にバイク同士が接触して転倒し、そこに別の選手も巻き込まれる落車事故が発生した。最初に落車した選手が実は森で、観客が「森くん大丈夫?」と心配する中、担架で病院に運ばれていったのだった。

その後の報道によると、森は下半身を負傷したようだ。

引用:トピック・ニュース

そんな命がけのレースで、しかもSMAPのメンバーと約束した日本一を決めるレースでSMAP存続を願うシールを貼り戦った森の心境はどのようなものだったのだろうか。

そのレースで惜しくも優勝を逃した後、六本木の焼肉屋に駆けつけ、SMAPのメンバーと合流したことになる。そこで交わされた会話もいつかSMAPのメンバーから語られるかもしれない。

森且行の近況

そもそもオートレーサーになるには選抜試験を受験しなくてはならないが、その試験は倍率50倍という超難関。当然森が脱退前に試験に合格していたわけではないので、脱退後に倍率50倍の難関を超えて本当にオートレーサーになった実行力は素晴らしく、ここまで生涯獲得賞金が5億円を超えている。SMAP脱退当時の森の年収は5,000万円程度だったといい、その後のSMAPの活躍を考えると、お金だけを見ればSMAPに残った方がよかったのだろうが、夢を選択した結果だろう。

1998年2月、森が24歳の時に一般人女性と結婚。結婚してすぐに子供ができているので、息子はすでに高校生だ。都市伝説だと思われるが、森はアニメ「うる星やつら」の大ファンで主人公ラムちゃんの従弟「テンちゃん」から名前を取って息子に「天子」と名付けたという。

前述したようにその後はオートレース最上位のS級にランクされ、2008年には昨年大晦日にも参加した「スーパースター王座決定戦」に初出場。

レース場での活躍から多くの企業から声がかかり、森は2013年にスポーツウェアブランドであるKappaのブランドアンバサダーに就任。

その他、2015年には公営競技場やインターネットサイトGambooの運営をする日本トーターとのスポンサー契約をしている。

2015年9月からはSMAP脱退後に初めて、自ら情報発信を行うコラム連載を開始する等、活躍の場は広がってきているようだ。

森がジャニーズ事務所に戻ることは考えづらいが、中居正広が仮に独立して芸能事務所を設立したら、スポンサー契約などが増えてきている森も所属するかもしれない。