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芸能界のドンが語ったメリー喜多川との極秘会談。裏にはSMAP解散後の円満移籍に関する思惑も!?

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芸能界のドンとして知られるバーニングプロダクションの周防郁雄社長(75)が初めて週刊誌のインタビューに応じた。これまで名前は一般人にも認知が広がってきていたものの、表舞台に登場することはほとんど無かった周防氏が現代ビジネスのインタビューに答えている。

しかもインタビューに答えたその内容が芸能界の利権にまつわる様々な噂であり、その中にはジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長の名前も出てきている。トラブルの火種を事前に察知し、自らの利権が残るように調整役を買って出る力量が芸能界のドンとしての地位を築き上げたと言われるが、いったい何を語ったのか。

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芸能界のドンが語った郷ひろみの移籍裏話

以下、引用

郷ひろみは’72年1月、NHK大河ドラマ『新・平家物語』で平清盛の弟、経盛役で俳優デビュー、8月に『男の子女の子』で歌手デビューした。翌’73年には紅白歌合戦に出場している。ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川が手塩にかけて育てたタレントだった。

ところが――。

郷は’75年3月の契約終了をもってジャニーズ事務所からバーニングプロダクションに移籍した。バーニングにはすでに南沙織なども所属していたが、絶大な人気を誇る郷ひろみの加入が、成長の大きな弾みとなった。そのため、郷ひろみをジャニーズ事務所から周防が「強奪した」というのが定説となっている。

周防はこう明かした。

「郷ひろみが人気が出たあと、ジャニーさんとトラブルになったらしい。彼がどんな経緯で辞めたのかはよく知りませんが、ぼくは当時、松竹芸能とある大手プロダクションが彼のマネージメントを引き受けることになった、と耳にしたんです。

しかし、いろいろと調べてみたところ、どうもその情報は間違っていて、移籍先はまだ決まっていなかったらしい。ぼくとしても、郷ひろみはぜひうちでやりたい、という思いがありました」

そこで、渡辺プロダクションの渡辺晋社長と、田辺エージェンシーの田邊昭知社長が仲介役となって、周防はジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長と話し合うことになった。場所は渡辺の自宅だった。

「(渡辺の妻の)美佐さんに、メリーさんを呼んでもらいました。そこで『メリーさん、私に(郷ひろみを)やらせてください』と頼んだら『いいわよ』と言ってくれた。ですから、ぼくはジャニーズ事務所とは全く揉めていないんです」

周防は「この話をするのは、これが初めてです」と付け加えた。

引用:現代ビジネス

今回、SMAPの解散騒動について一部の報道では独立しようとしたSMAPのメンバーを囲おうとしたのは、上記のインタビューでは郷ひろみの移籍についてジャニーズとバーニングの仲介役となった田邊昭知社長だったと言われており、田辺エージェンシーにはSMAPのメンバーと親しいタモリや夏目三久などが所属している。また周防氏の名前についてはそのサポートに動いていたと報じられることがあった。

そして2016年1月21日発売の週刊新潮でメリー氏は田邉氏とのやり取りを明かしていた。

「昨年末、12月27日だったと思いますが、私の友人からの伝言で田邊さん(昭知・田辺エージェンシー社長)が、私に『4人を元に戻してくれないか』と言ってらっしゃるのを知りました。

田邉氏の要望をメリー氏は受け入れたというが、4人に対しては怒りが収まらないようで

「それなのに、誰も挨拶に来なかった。これははっきりとさせておきます」

と中居らが謝罪に来なかったことを根に持っている様子がわかる。

どちらにしてもSMAPについても郷ひろみの時と同様に裏で極秘の交渉はあったということだ。この田邉氏が戻したいと言った理由はメリー氏が想定以上に激怒し、「絶対に芸能界で仕事をさせない」という話が大手プロダクションの各社長に伝わり、受け入れを予定していたプロダクションが関係悪化を恐れて手のひらを返したと言われている。しかし移籍を一度は実現するかに見せかけておいて、梯子を外したということもあり得るだろう。

金屏風事件と言われる中森明菜の会見も梯子外しと言われており、近藤真彦と恋人関係にあったといわれる中森は金屏風前の会見の3日前に所属事務所である研音から独立し、個人事務所を設立していた。しかし活動再開前にはスタッフ陣が事務所を避り、実質活動休止に追い込まれた。

今回のSMAP解散についても巧妙に仕組まれた梯子外しの可能性もあるかもしれない。

それにしても、何故SMAP解散が迫る今の時期に問題となりそうな郷ひろみにまつわる裏話を明かしたのだろうか。

周防郁雄社長のこれまで

元々、政治家浜田幸一の運転手だったが、芸能プロダクションの中でも演歌専門の新栄プロダクションに入社することからスタートする。

そこでは住み込みで働きながら、演歌歌手・北島三郎の運転手なども務めたという。その後、1968年にはホリプロに転職。1971年にはバーニングプロダクションを自ら設立した。

現在ではバーニング事務所自体への所属は郷ひろみやウェンツ瑛士、内田有紀など10数名とそれほど多くないが、業務提携などの形でバーニング系と言われる芸能プロはなんと全体の7割にも登ると言われている。

2001年には事務所へ銃撃事件が起こるなど、黒い噂に巻き込まれることも多いが、その人脈にはテレビ局やスポーツ新聞、広告代理店から政財界や警察まで様々なパイプを持つと言われている。

そんな周防氏がSMAP解散が迫る今、なぜ郷ひろみの移籍の裏話を明かしたのか。これまで何も語らなかった周防氏がわざわざ週刊誌に出て、何も計算せずにこの芸能界にとって重大な移籍の裏を明かすことがあるだろうか。

SMAP解散については東京オリンピックの利権や社内の権力抗争など様々な噂が出ているが、芸能界の内情に最も詳しいと言われる周防氏は既に事情を把握している可能性はある。そこで今回、郷ひろみの裏取引の内情を明かすことで、SMAP解散に関連する利権や裏取引についても暴露しかねないとジャニーズ事務所側に思わせることはできただろう。

その意図は何か?郷ひろみの時と同様にSMAPを円満に移籍させるためのシナリオを描いているのかもしれない。もちろんバーニングに移籍するには角が立つだろうが、田辺エージェンシーに移籍させ、恩を売るということはできる。

もちろんその場合には何かしら見返りは必要になるだろう。

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