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元Hey!Say!JUMPの森本龍太郎がジャニーズNG媒体で衝撃告白「何度か自殺を考えましたね。いろんな手を使いました」

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昨年大きくメディア露出を増やし、ファンクラブの会員数も激増するなど勢いの止まらないHey!Say!JUMPだが、そのグループを5年前に脱退した森本龍太郎の衝撃的な告白が波紋を呼んでいる。

現在ダンス&ボーカルグループ「ZERO」で活動している森本が2月23日発売の月刊誌「JUNON」4月号のインタビューで芸能界のタブーを破り、ジャニーズ時代の過去について「死のうと思った」と語っているという。森本がメディアのインタビューを受けるのはHey!Say!JUMPに在籍した時以来で5年ぶりだ。

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画像は森本龍太郎の公式Twitterより

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元Hey!Say!JUMPの森本龍太郎の衝撃告白の内容とは

 実は森本の喫煙写真を掲載したのは「JUNON」と同じ、主婦と生活社の「週刊女性」。自身を活動休止、さらにジャニーズからの脱退に追い込んだ週刊誌と同じ社が発行する月刊誌のインタビュー、ということでも注目を集めそうだ。「こんなことができたのは『JUNON』がジャニーズのNG媒体だから(笑い)。他のメディアはジャニーズが怒るから、まず掲載できない」(同)

森本はインタビューを受けた理由について「実際はいまだに無期限謹慎のままで通ってるので、いつか戻ってくると信じて待っててくれる人もいるんですよ。だから僕がちゃんと表に出ていって、違うグループで活動することによって、事実上もう戻ることはないんだって、きちんと伝える必要があると思ったんです」としている。

この言葉でも分かるように、森本が最も「裏切ってしまった」と後悔しているのは、ファンに対してだ。

「ファンの人たちは、芸能界にいる僕を見て好きになって、応援し続けてくれた。そこでツラい思いをさせてしまった人たちには、やっぱり同じ芸能界の仕事をしてる僕を見て、喜んでもらいたい。それしか返せる方法はないと思うんです」

喫煙が発覚した時については「もう終わった、と思いました。死のうと思いました」「何度か自殺を考えましたね。いろんな手を使いました」。無期限活動休止が決まった時、他のメンバーが謝罪したが、「本来は僕が謝るべきだったけど、僕以外のメンバーが謝った。正直、それだけは今でもずっと心残りですね…」と話した。

引用東スポ

詳細は2月23日に発売される「JONON」で明かされることになりそうだが、退所後にジャニーズ時代の過去を語ることは芸能界のタブーと言われている。今後も芸能活動を続ける予定の森本なだけに、覚悟のインタビューと言えるだろう。

森本龍太郎のジャニーズ事務所時代

森本がジャニーズ事務所に入所したのは2004年8月。なんとまだ9歳のときだ。テレビ東京系列のバラエティ番組「Ya-Ya-yah」の番組企画オーディションで合格し、レッスン生として入所した。翌月からジャニーズJr.として活動を開始し、2007年1月には山田涼介、知念侑李、中島裕翔、京本大我などとJ.J.Expressちびっこチームとして活動。

そして2007年9月には2007年9月にHey!Say!JUMPのメンバーとなり、11月にCDデビューを果たした。しかし2011年6月28日発売の週刊女性が森本の喫煙写真を掲載。その事実を本人も認め、発売直前の6月27日にジャニーズ事務所から「無期限活動休止」という重い処分を受けた。

同年11月15日にはジャニーズ事務所の公式サイトである「Johnny’s net」のHey!Say!JUMP公式ページから森本のプロフィールが削除されたことをファンが発見。退所したことが発覚した。

森本は後に喫煙してしまった理由を「当時はストーカーの存在に悩まされ自暴自棄になり、思わず喫煙してしまった」と語っている。

その喫煙写真が公になったことで、幼少期に積み上げてきたことが一気にゼロになってしまった。自ら命を断つことも考えたというが、森本は当時まだ16歳。

ジャニーズ事務所は統制を保つためにも未成年の飲酒や喫煙には非常に厳しいことで知られているが、未成年とはいえ一発アウトで追放されたタレントは数多く、森本のその一人だ。

それでも森本は「僕以外の人が苦しむと思ったので生きようと思った」と踏みとどまったという。

森本龍太郎のジャニーズ事務所退所からこれまで

1人でずっと悩んでいたという森本は高校卒業後に2年間、ハワイへ語学留学。自分探しのために1人で色々な文化に触れたいと留学したのだが、そのハワイでの経験は「正直、過酷でした」と後に語っている。1人で行きていくことの大変さを身をもって経験したという。

2014年11月には個人のTwitterアカウントを開設し、久しぶりにファンの前に声を届けるようになると、2015年4月には高校の同級生を中心とし、メインボーカル2人、ラップ3人のダンスボーカルグループ「ZERO」を結成。森本はメインボーカル兼プロデューサーという役割だ。そして2016年4月21日には約4年ぶりに芸能界へ復帰した。

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引用森本龍太郎 公式ブログ

グループ名のZEROは”常に初心に返り、常に0からのスタート”という意味。

この復帰に対して森本は開設したLINEブログで「僕個人としては約4年振りの芸能界復帰ということでこれまで僕に携わって頂いた方々には感謝の気持ちしかありません。本当にありがとうございます。本当ごめんなさい。再びみなさんの前に立てることをとても嬉しく思います」と感謝と復帰に関する喜びを綴った。

このグループをプロデュースするのはハワイ時代に出会った格闘技団体「パンクラス」代表の酒井正和氏で、音楽レーベル「SMASH LABEL 01」を立ち上げ、森本の活動をバックアップしているという。酒井氏はこのプロデュースについて「前向きな姿勢やファンに対する純粋な考え方に共感しプロデュースすることを決めました」と語っている。

楽曲はすでに森本が作詞したものを含めて数十曲あるという。1stシングルのレコーディング費用をクラウドファンディングで調達し、目標金額の200万円をクリア。晴れてCDをリリースし、ライブを開催するなど露出を増やし始めている。

昨年7月31日にはTwitterでファンからジャニーズ事務所時代のことについて質問を受けた森本は以下のように答えている。

このツイートに対して、「過去のことで謝らないで」と激励したファンに対しては以下のように返信した。

ジャニーズ事務所を退所した後は大手メディアに露出する機会は極端に制限される。今回のJUNONのインタビューは例外的なものだろう。

一昔前なら事務所の圧力で活動を制限され目立った活動は難しかったと思うが、元KAT-TUNの赤西仁や、元NEWSで今やONE OK ROCKのボーカルとして絶大な人気を誇るようになったTakaこと森内貴寛など活躍する事例も増えてきた。

大手メディアへの露出はそれでも制限されているようだが、SNSやYoutubeなど事務所の圧力が及ばないメディアも多い時代となり、今後の活躍は森本龍太郎の努力次第だろう。今後の活躍に期待したい。

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