嵐とKAT-TUNの確執と不仲の原因。お互いをライバル視したことも

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2001年に結成し、2006年にCDデビューしたKAT-TUN。当時は亀梨和也と赤西仁は「ごくせん」(日本テレビ)に出演し、記録的な視聴率を記録(全話25%超え)。亀梨和也の「野ブタをプロデュース」も大ヒットした。当時の人気を覚えている方は少なくないと思うが、非常に勢いがあり、それまでのジャニーズらしからぬワイルドさで人気を誇っていた。

嵐とKAT-TUNの確執

嵐のメンバーが懸念を示したのが、KAT-TUNがよりによってレコード会社ジェイ・ストームの中に作られたプライベートレーベル「J-oneレコード」からデビューしたこと。松本潤は「ジェイ・ストームのストームって嵐のことだから、そこからKAT-TUNがデビューすることに納得行かない」と怒りを露わにしていたという。

野球枠争いも

二宮和也は亀梨和也と地元が近く、同じ野球少年だった。ジャニーズ事務所は元々ジャニー喜多川が結成した野球チームが発端でできたこともあり、野球に対してジャニー喜多川の熱もある。その中で野球系ジャニーズタレント枠もあると言われるほどで2人はその枠の中で意識しあっていたのだと思われる。

お互いの路線の違いがライバル感を刺激

優等生の多い嵐と生意気さが売りのKAT-TUNは正反対の路線ということも、お互いのライバル感を刺激するところがあったかもしれない。この当時はCDの売上もKAT-TUNが嵐の5倍以上に及んでいた。

その後の嵐とKAT-TUN

その後嵐は花より男子に出演した松本潤の人気をキッカケにSMAPにつぐ国民的スターの位置を手にしたと言っていいだろう。

一方、生意気さを売りとしていたKAT-TUNは赤西仁がジャニーズ事務所のいうことを聞かず、六本木でトラブルを起こすなど様々なスキャンダルに、勝手な休業。その後は勝手に結婚するなどやりたい放題。田中聖のスキャンダルや脱退もあり、多くのファンから完全に見放されてしまい人気は失速した。

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